中国からの使者には海ではなく広がる田畑を見せた

 

識名園の勧耕台からの眺めは、今でこそ宅地化した風景ですが、かつてここから見下ろすことのできた田畑の風景は、冊封使に琉球の民の安定した生活を想像させました。
また、沖縄は小さな島ゆえ、高台に登ればだいたいどころからでも視界の中に海が入ってきますが、勧耕台から眺める視界には海が見当たりません。琉球の国土が狭くはないのだということを冊封使にアピールしようとしたのではないかとも考えられます。